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恵光寺の宗旨は浄土宗西山禅林寺派で、阿弥陀さまのお慈悲を感謝し、その喜びを社会奉仕につないでいく、そういう「生き方」をめざすお寺です。
現代の悩み多き時代にあって、人々とともに生きるお寺をめざして活動しています。
■第215話:2026年5月
木の生き方を見て、自分の今の生き方を考えてみましょう
古来、人々は季節によって山の景色が移りかわることを大事にしてきましたが、とくに、中国は北宋時代の画家である郭煕(かくき)という人が遺した、夏の山に対して「山、滴(したた)る」という表現がよく紹介されます。ホント、いまの時期、春が過ぎ、山々はみずみずしい緑の色が美しく輝いています。
そんな中、枝木にいっぱいの新緑の葉を繁らせて立っている一本の大きな木を思いうかべてみてください。
どうですか。その大木の威容さは。地上に見えているその木、見えているところだけが木ではありません。地中の見えないところで、この根っこは、この大きな木を支えてくれています。支えるだけでなく、地中の水を吸いあげ、この大きな木を育てています。
もっと言えば、この見えている木は、見えないところでがんばってくれている「根っこの願い」の中を生きている、ということができます。
翻って、この私どもも、その木と根っこの関係のように、今日の「私」は見えない「私にとっての《根っこ》に育てられている」と戴くことができます。
その《根っこ》とは、それは身近でいえば、私を生んで育ててくれた「親」でありましょう。しかし、私を育ててくれているのは親だけではありません。「木」でいえば、地中の栄養も、外の空気も、雨風も、みんなみんな「その木を育てるために存在してくれているわけです。つまり、今、ここのある私の「いのち」は、親もちろん、いろんなものが、「見えないご縁」という力が、寄り集まって、この私を育ててくれている、というこになります。
そのことに気がつくと、「この私のいのちは、じつに《不思議ないのち》をいただいて存在している」という思いが生じてきます。「この私のいのちは、自分一人のいのちではない」、と感謝をすることができると、そのうち「喜んで生きる」という姿勢にもつながることになると思います。
目の前の大きな木を見て、自分の生き方を省みる、ということも大事なことです。
それではまた次回に。
合掌
岸野亮淳
■第214話:2026年4月
お釈迦さまのお誕生のときのことば
いまから2500年ほど前のことです。インドの北、ヒマラヤ山の麓、ネパールにシャカ族の国があり、その国の王は善政を敷いて、国は平安でありました。しかし、王とその妃には子どもに恵まれず、そのことが国に人々にとっては心配ごとでした。
ところが、21年の歳月がたったある夜、王妃は、空から下りてきた白い象が自分の右脇から胎内に入る夢を見て懐妊をします。王を始め、人々が指折り数えて王子の出生を待ちわびるなか、いよいよ臨月になり、王妃は国の習慣に従って生家に帰ります。その途中、ルンビニという花園で休息をします。折りからのうららかな春の日、まわりはいろんな美しい花が咲き乱れています。王妃は右手を上げてその花の枝を手折ろうとしたとき、その右の脇から王子が生まれました。それだけではありません、王子の誕生に合わせて、大地は六種に振動し、天からは甘露の雨が降り、きよらかな香りと美しい音楽が虚空に広がり、皇子の誕生を祝福するのです。
そして、《生まれた王子は、すぐに七歩あるいて立ちどまり、右手で天を、左手で大地を指さして、「天上天下 唯我独尊(てんじょう てんげゆいがどくそん)」と宣言。時に4月8日のことでありました》、と伝わっています。
この漢字8文字のことばを「誕生偈(たんじょうげ)」といいます。お釈迦さまの誕生仏に「甘茶」をかけてお祝いをするとき、このことばを唱える、という作法が広がりました。
さて、この「天上天下 唯我独尊」ですが、漢字を見て「この世の中で、この自分がいちばん尊い」というふうにいっている、と思ったりしませんか。
そう受け取る人がいるからでしょうか、作家である吉川英治さんはこのことばを「天にも地にも、われ一人!」と表現しました。この吉川訳はとても分かりやすいです。吉川訳は「《わたしのいのち》というものは、あらゆる時間、宇宙の一切のものが寄り合って、やっとこの「私のいのち」になった、そのような不思議な「いのち」をいま、ここに、私は戴いた、という事実を言っているのだと思います。
《私のいのち》はじつにあらゆるご縁の繋がりの中かカら生まれてきた不思議ないのち、という事実を心にとどめ、そのことを喜ぶ、といいう生き方をしましょう、ということです。
もう誕生はとうに済んでしまった私どもですが、しかし、今ある自分は、いろんなものに生かされて、いま、ここにある。実に不思議な自分!」と目覚めたとき、「この私、天のなか、地のなかに、とうといいのちとして居させて戴いています」、と喜んで手を合わすよう生きてまいりましょう。私ども、歳をとってからではありますが、今あるいのちは「いただいたいのち」とうけとって、み仏さまの前に手を合わせて、「今日は、私の新しい誕生日!」と戴いていきたいですね。
岸野亮淳
■第213話:2026年3月
彼岸と此岸(ひがんとしがん)浄土と穢土(じょうどとえど)
一年の暦でいうと、年に2回、昼と夜の時間の長さが同じ日があります。春分の日と秋分の日ですね。
その昼と夜の時間が同じ時期は太陽が真東から出て真西に沈むという日です。
そして、東洋の人々は、その太陽の沈む真西の方向に私たちが生まれていく世界、つまり「仏さまのみ国」がある、と考えました。
仏さまのみ国を「彼岸(ひがん)」といい、それに対して、私どもが住むこちらの世界を「此岸(しがん)」と考えました。
それをお経では「彼岸(ひがん)」を「浄土(じょうど/浄らかな国)」、「此岸(しがん)」を「穢土(えど/穢れた国)」と呼んでいます。
ここで大事なのはこの彼岸に合わせて、「亡くなった人のことを考える、とくに、仏さまの国に生まれている亡くなったお父さん、お母さん、と思って手を合わせるのですね。すると、亡くなったはずのお父さんやお母さんが、やさしい声で、よく参ってくれたねぇ、私どもはみ仏の国で楽しく過ごしていて、みんなの幸せを祈っているからね」と応えが返ってきます。
そんな、目に見えない「浄土」の国、そこに亡くなって人が生まれていく、なんて、すぐには信じられませんね。でも、ここが大事なところです。
亡くなられた人が生まれていく「浄土」には「み仏さまがいてくださる」ということです。み仏さまがおられるから「浄土」なのです。浄土は、「人々の苦しみのない世界こそが、み仏さまの願い」の中から生まれたみ国です。ですから、そこは美しい蓮の花が咲き、香りのいい空気が流れ、鳥たちも美しい声で清らかに歌を歌っているのです。そして、その国から、み仏さまがいつも私どものことをいつもやさしく見ていてくださるのです。
その春分・秋分の日を「中日」と呼び、その前後3日間を含めた合計7日間のことを「彼岸」と呼んでいます。
仏教では、私たちが住む世界を「此岸(しがん)」、これは、自分の我を通そう、と欲をむさぼり、相手を妬んだりして、一時も心休まるときのない国のことを言います。まさに「穢れた国」、です。
せめて、見られている自分に気づき、少しでも相手を思う、喜んで生きよう、とおもう心が「お彼岸をみる心」です。その心が芽生えてきたとき、手を合わせて合掌している自分に気づくのです。
そのときは「浄土」と「穢土」の境もなくなる、つまり「彼岸」と「此岸」の区別がなくる心境になります。実はこれが「彼岸のいちばんのありがたいところ」なのです。
合掌。
岸野亮淳
■第212話:2026年2月
お釈迦さまが亡くなられた日 涅槃会(ねはんえ)
2,500年前、インドに生まれたお釈迦さまがお示しくださった教えは、発展して仏教となり、世界に広まりました。
今月は2月ですが、その2月15日は、お釈迦さまがなくなられた日、として伝わっています。お歳でいうと80歳でした。
そのお釈迦さまが亡くなられたことを「涅槃」といいます。
「涅槃」という言葉、これはインドのことば・ニルバーナの音訳で、「生死の苦しみの灯が消えた悟りの状態」をいい、仏教の目指す境地をいいます。
80歳という高齢になったお釈迦さまはそれでも旅を続け、人々に教えを説いていかれます。しかし、途中、重い病気にかかり、死を予感して、クシナガラというところで沙羅双樹の下に、頭を北に、顔は西に向けた状態で横になります。いよいよお釈迦さまの最期、ということで、たくさんの弟子や人々が集まってきます。そこでお釈迦さまはいつも傍にいる弟子・アーナンダの名をよびながら、「アーナンダよ、悲しむな、嘆くな。私は、前もって言ったではないか。“すべての愛しいもの、好ましいものと分れ、離れ、別になる”と。生じたもの、因縁によって作られたもの、破壊されるべきものが破壊されないような道理があり得ようか。」「諸行は滅びゆく。怠ることなく努めよ。」と言い残されました。
釈尊が亡くなられても「真実」はなくならない。その「真実」こそ、生きるよすがとすべきものであ、と。
つまり、世の中のすべての現象は一つとしてじっとしているのはない。常に変化をする、つまり無常である。そういう無常のものをいつまでもあるもの、と思っていくと、心の苦しみ、悩みは消えることはない。あらゆるものは滅び、生まれ、また滅びていくのだ。この《無常》という真実こそを心の拠り所として、怠ることなく努めて生きよ」とお示しになりました。
後に、このことは、「自分を灯明として自分を大切にして生きよ、そのためには、法(真実の教え)を灯明として、法を大切にして生きよ」という言葉になって後世、仏教の大事な大事な教えとして受け継がれていくのです。
合掌。
岸野亮淳
■第211話:2026年1月
「生きる」と「生活する」とのちがい
新年になりました。ひとつ歳をとったわけですが、その歳をとった分、自分の人生をより深く見るようになるといいのに、と思います。
現代の日本を代表する詩人の谷川俊太郎さん。一昨年の11月に93歳で亡くなられましたが,子どもから大人、老人に至るまで、みんなの心に響く詩をとてもたくさん残してくださっています。国民的詩人とよばれる所以です。
この谷川さんがこんなことを言っておられます。(便宜上、(1)、(2)と数字を当てていますが、これは私が書き足したことで原文にはありません。)
《私たちの生き方》に二つあります。それは「生活すること」と「生きること」。
(1)「生活すること」とは、社会との関係で、給料をもらったり、人とつきあったりすること
(2)「生きること」とは、人間も哺乳類の一つとして、命をもった存在として、宇宙の中で生きるということ。
私は詩を書くとき、この『二重性』を見極めて生きることが大事 だと思っています。
いかがですか。この谷川さんの詩を書くときの姿勢。
この谷川さんの視点は、詩人の谷川さんひとりのものだけではありません。実は、これは現代という社会を生きていくわたしたちにとって、とても大事な示唆を与えてくれています。
いまの世の中、わたしたちは(1)の「生活すること」という生き方がほとんどです。生活は都会型になり、自然との接触がなくなり、お金を儲けて、より便利な生活を追求する毎日です。それに対して(2)の「生きること」とは、私の今あるいのちの何であるか、を感じよう、知ろう、追求しよう、とする生きかたです。
そして、谷川さんはこの(1)と(2)の説明後に、その『二重性』を見極めて生きることが大事、とおっしゃっているのも大事なポイントです。つまり(2)の「大いなる宇宙に生かされている私」を追求していくと、現実の「生活」から外れていきます。それでも追及を止めずにいると、だんだん哲学や宗教の域に深く入ってくことになります。もっと言えば普段の生活を否定して求道者になって、仏教でいう「出家」の生き方にまで高まっていきます。
谷川さんは(1)と(2)の「二重性」を見極めて、その「二つのバランスを考えて生きる」ことが、詩を作るときには大事だ、と言っていますが、これは詩作だけの問題ではありません。私ども、誰にとっても通じる「あるべき生き方」ということができます。
仏教的に言えば「宇宙のあらゆるものの縁によって、今の私が、いま、ここに在る」という厳粛な事実、つまり「縁起」の関係、その事実を喜んで生きる、ということですが、その感性、見方をしっかり深めていくことが大事です。
そのような生き方をしていけば、狭いところに自分自身を追い込むような生活から、少しずつ心が広がり、ほんとうの自分本来のペースで生きていくことができると思うのです。
今年もどうぞ、よろしくお願い申しあげます。 合掌。
岸野亮淳







